翠の季節に迎えられ


“気がつけば夏”
(笑)




これも地球温暖化の影響か、
ここ数年の計り知れないほどの大荒れぶりや酷暑っぷりはともかくとして、
昔から日本の夏はやはり暑い時期ではあって。
今時のような家電もないし、
科学的なあれこれもさほど広まってはいなかった頃、
それでもそれなり、暑さをしのぐ知恵や技はあれこれあって。
打ち水に風鈴、蚊遣りの線香、
すだれやよしずといった夏の建具に、
井戸水で冷やしたスイカやウリ。
川魚のあらいに素麺なんていうのも、
暑気払いにと考え出されたいろいろで。

 「あと、宵に夕涼みを楽しむ文化もあるしね。」
 「そうそう。」

そのあたりは欧米にもあろう習慣だが、
日本の場合はそこへ夏ならではという催し物もついて来て、
宵がゆっくり訪れるのが子供たちにはじれったいくらいのお楽しみ。

 「七夕や花火でしょう?」
 「盆踊りとか夏祭りの縁日とか。」

 そうそう、先週はお化け屋敷にも行ったよね。
 うん。町内会のって言われて油断してたら結構怖かったねぇ。

相変わらずに仲がいいというか行事の多いご町内だが、
そちらは そもそも子供会への小さめ花火大会にくっついた演目、
父兄による納涼の催しから生まれた代物だそうで。
外国人のイエスやブッダには馴染みも薄かろうと、今までお声がかからなかったが、
今年は子供たちと見て回る側への参加に誘われた。
愛子ちゃんから、

 『お化けや幽霊がいてとっても怖いの、
  でも、とーたんのお化けはちっともこわくないんだよ』なんて、

立派なネタバレをしてもらい、
ああそういう催しかと納得して加わったはずが、

 「結構怖かったよね。」
 「うん。皆さん芸達者だったしね。」

くどいようだが、こちらのお二人は
そもそも天界の、しかも亡者たちを迎える側の主幹格。
冗談抜きに “神様仏様”なので、
それこそ正真正銘本物の亡者に出会っても驚きはしない。
ブッダ様なぞ、
こんなところで地縛霊になってたらいつまでも解脱できないぞと
畏れ多くも説教が始まりかねないというほどに、
そういう存在への“恐れ”はないのだが、

 「床に寝そべってる人とか、
  明らかに傍を通るタイミングを見て動くんだろうしね。」

 「そうそう。
  しかも いきなり ぎこちなくばたばたガクガクって。」

つまりは、霊関係の何やを想起して薄ら寒くも怖くなるというより
不意打ちにあって びくくうっと驚かされるのが何ともおっかないらしく、

 「イエスはゾンビ映画たくさん観てたでしょうに。」

血まみれとかは苦手だったイエスにしても、
死体のはずが動き出すゾンビを扱ったホラーもの
海外ドラマではまってた時期もあったでしょうにとブッダが揶揄すれば、

 「だから、ああいうのじゃなくって。」

半袖Tシャツにブルージーンズといういつものいでたちの
お二人が歩んでおわすは、ご町内の生活道路でもある中通り。
さほど人通りも多くはない静かな時間帯なものの、
少々揉めかかっても 口調が穏やかなせいか、
夜道をゆく道すがらの会話もさほど近所迷惑ではなさそうながら、

 「…そうそう、玄関先に転がってた蝉の死骸が実はまだ生きてて、
  すぐ傍を通る瞬間に ばたばたじいじいって断末魔の抵抗するような。」

 「ああ、あれは確かにドキッとするよね。」

そんなものと一緒にしますかと、
たまたま道沿いの窓辺にいた誰かさんがこけたかもしれない、
そんな他愛のないやり取りをしつつ。(笑)
虫よけを塗っても寄って来る蚊を ブッダが団扇で扇いでそおと払いつつ、
まだちょっぴりまったりと生ぬるい宵の気配に頬を撫でられ、
お二人が辿り着いたはオニ公園で。

 「ペルセウス座流星群っていうんだって。」

毎年8月12日、13日頃を中心に活動する流星群で、
今年は8月14日が新月なため、
月明かりの影響がない夜空で観測出来るのだとか。

 「えっとぉ。北東の方って言ってらしたっけ。」

公園内には同じ目的か、すでに望遠鏡を設置している顔ぶれもいたし、
うっかりすると芝生で寝ころんでいる先着組を
それと気づかぬまま踏みつけかねずで、

 「情報通な人って多いんだねぇ。」

天体ショーもまた、夕涼みの一つになりつつあるのかも。
他の人出へさえも うふふぅと嬉しそうに笑うイエスへ、
どうしたのという?つきでブッダが覗き込むよに視線を送れば。
少したわめていた切れ長の目を小さく瞬かせ、

 「うん。
  夜の暗がりの中だっていうのに、
  普通のお出掛けみたいに人と出くわすのが何だか楽しいなって。」

花火大会や盆踊りや縁日の晩とはまた違い、
誰も声を上げることはないままに、
こそこそ静かに、でもその身の内ではワクワクを抱えて。
これだけの数が申し合わせることもなく此処に居合わせている状況なのが、
イエスには何とはなく楽しいらしく。

 「そういやそうだね。」

特に告知がなされたわけでもない、知ってる人だけの集いのようなもの。
そんな特別感が、時にオタクというかサブカルにも造詣の深いイエスには
殊更に じぃんと来るのかもしれずで。

 「じゃあ、この辺で見ようか。」
 「うんっvv」

運よく開いてた芝生の一角、
自分たちもレジャーシートを広げるとその上へゴロンと転がって、
さあどっからでもいらっしゃいと待ちかまえれば、

 「あ…。///////」
 「今の、」

黒々としていた視野の一角を
さぁっと何かがすべっていった軌跡が見えて。
漠然と夜空全部を眺めているのが最適と、
思い出しつつの観測を始めたばかりだっただけに。
え、え、そんな早くに見つかるものかな、
でも今の、うん確かに、
だって周囲の皆さんも沸いたしねと、
早口で確かめ合っておれば、
やはり周囲からさわさわと静かな歓声が上がって、

 「あ、また。」
 「わあ、今度は真ん中だ。」

いや、視界のって意味ですがと、
互いの意を酌み合い、寝ころんだまま顔を見合わせて微笑い合う。
星と呼んでいるけれど、本当に星が降っているのでは勿論なくて。
実のところは彗星の尻尾などから飛ばされた物質が、
たまたま地球の軌道と重なって、
大気圏へ飛び込む折に燃え尽き光るさまを言う、というくらい、
ブッダの方では 科学的な理屈というものも
それこそ蓄積の応用から ようよう判っていたけれど。
無邪気に喜ぶイエスの側は、どこまでそれが判っているやら、

 「そういえば
  流れ星って願い事を唱えれば叶えてくれるって
  言い伝えがあるらしいね。」

 「あ。そうだってね。」

初めての観測でも話題に上り、
どこの神様管轄かしらなんて
彼らに限っては…ブッダの側までもが、
ある意味 本気で信じていればこその言いようまで飛び出したほどで。

 「でもね、愛子ちゃんが言ってたの。
  願い事って3回唱えなくちゃいけないんだよって。」

 「3回も?」

広い夜空を漠然と見てなきゃ拾えない、
そんな瞬時に夜陰を翔ってく正しく流星。
サッカーのゴールキーパーがPKに臨むより難しそうな仕業であり、
とてもじゃないが、見つけたそのまま何かを唱えるなんて、
待ち構えていても無理かもしれぬ。
そんなやり取りの直後だったせいか、

 「あ、ブッダブッダブッダ、今 見えたよ。」
 「う…うん。///////」

なんだか、自分を下さいと言われたような気でもしちゃったか、
白い頬がかぁっと赤らんでしまった釈迦牟尼様で。
お顔を空へと向けたままでいてくれてよかったぁと、
蒸すねぇと誤魔化すようにか、
カッカする顔やら首元やらを手団扇で扇いでおれば、

 「…ぁ。//////」

間がいいのだか悪いのだか こつんと当たった肩と肩。
こつんどころが ふわりと触れた程度のそれだったのに、
お互いのシャツ越しで伝わって来た イエスの肩という感触へ、
お顔の辺りだけちょっぴり上がりかけてた体温が
全身へも回ろうかと勢いづくノリで 跳ね上がりかかったのだけれど。

 「ブッダも感動しちゃってるね。」
 「え?////////」

それは無造作にこちらへころんと顔を向けて来たイエスが
これまた唐突にそんなことを言い出すに至り。
不意を突かれての混乱の中、
え?え?と大きめの双眸をなおぱっちり見開いて視線で訊き返したブッダだったのへ、

 「だって今、手をぎゅって握り込んだでしょ?」

手をつなぎ合ってたわけじゃあなかったけれど、
敷いてたレジャーシートが
丁度二人の間の位置でシャワシャワシャワって鳴ったから。
ああこれって…と機転の利いた思い出しようをしたらしいヨシュア様。

 「花火大会の時もそうだったし。」

八月の初めごろに催された大川の花火。
今年も浴衣に下駄ばきという格好を決めて観に行った彼らであり。
ぼんぼりみたいに丸くて二重三重のが 色彩もやわらかに続いた後へ、
すすきか稲穂みたいに鮮やかな光の穂が枝垂れて広がるのが不意打ちで揚がって。
いきなり鮮烈なのへと切り替わったのへ心奪われてしまったか、
わあって見惚れてしまったブッダは、
言葉を探すのももどかしかったか、でも感に入ってますという証のように、

 イエスとこっそりつないでいた手を、ぎゅっと握ってきたのだ

そこまでの詳細を紡いだわけじゃあなかったが、
それでもそれこそ自身の所業だからか、
それとも…そのときもそうだった向かい合った悪戯っぽい笑顔から
その折の感慨のようなものまで自然と思い出せたのか。

 「あ…。///////」

あれと同じでしょ?と、言葉少なに、でも的確に、
我がことのようなレベル、
これ以上はないほどの至近で熟知していることだからという
さらりとさりげない言いようで、
示してくれたイエスだったのが、

 “…わぁぁ。///////”

何それ、何それ。
お見通しというのとも次元が微妙に違う、
甘くて嬉しい “判ってるよ”だったりしない?
ブッダの方がいっぱい言葉だって知ってるのにねぇなんて、
不思議なことのように、でも彼もまた何か嬉しいと言いたげに、
微笑いながら話しかけてくるのがまた、
周辺へのお邪魔にならないようにと掠れた小声で囁いてくるものだから。
耳には入るけど意味をなさないくらいに、
初心な釈迦牟尼様を甘酸っぱい動悸で幻惑し、
やだやだどうしよう落ち着かないとと焦らせることで
逆に舞い上がらせてしまっている模様。

 とはいえ

 「あ。そういえば。」

他にも何か思い出したらしいイエス様
お顔は夜空の方へと向け直したまま、続けて紡いだのが、

 「寝入る前の “抱っこ”でも、
  ブッダってば何にも言えなくて
  ぎゅうってからめた指を握り込んで来る時が…」

 「〜〜〜〜〜っ。////////」

これへはさすがに照れてもいられなんだか。
それを、しかもこんなところで思い出すのは勘弁と、
やはり赤くなったまま、されど
今度は判りやすくもその手がイエスの口許をぱふりと塞ぎ、

 ≪それ以上言うと、私 光り出してしまいますよ?≫

そぉんな心の声までしたものだから。

 「…はい。」

調子に乗ってしまいましたと、
しおしお萎れたイエス様だったのも無理はなく。(笑)
そんなごちゃごちゃも、流れ星が翔ればあっという間に氷解し、
わあとかねぇ?とか目配せし合って、
元の幸せな空気に戻るのも造作なく。
そんなお二人がお望みならば、いくらでも翔って見せましょうぞと
どっかの誰かさんが頑張ったものか、
その晩の立川では、記録的な流星が観測されたそうでございます。






   〜Fine〜  15.08.16.


 *このお話はフィクションですので、
  出てくる人物・団体・事件・自然現象は
  すべて架空のものですあしからず。(笑)

  もちょっとムーディーなお話にしたかったんですが、
  あまりの暑さにネタへ逃げてしまいました。
  その割にオチが甘くてすいません。(おいおい)
  二人のラブラブイチャイチャなお話も書きたいなぁ。
  だって自給自足しかないんだもんなぁ。(くすん…)


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